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タジキスタンの悪路を走って、
いかに相棒に負担をかけていたのかを痛感してしまったので、
ここ、ホーログで停滞している間に、軽量化大作戦を決行することに。

もう、何度目になったか分からないほど
決行している軽量化大作戦。

いつもは、バックの中身を減らすだけなので、
大作戦後も見た目的には変わらないことが多いのですが・・・

今回は、
あったらいいと思って持ち続けていたモノをほぼ全部処分した上で、
6年間付き合ってもらったグレゴリーの3ウェイバックを捨て、
リアの部分をスッキリコンパクトにまとめるという大改革を決行。

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実はグレゴリーのバック、
完全防水でないから、
グレゴリーのバックの中に
オルトリーブバックに入れた衣類を詰めるという
非常に無駄な構造で使ってたんです。
それでいて、グレゴリーはバック自体が意外と重い。

今まで6年間も使ってきたのだから、最後まで・・・
なんて情の想いがあって、
ずるずると使ってきたんだけど、
情に囚われない心に切り替わってきた最近のオイラ、
思い切って、グレゴリーとお別れすることにしまして。

おかげで、
今までグレゴリーのバックが邪魔で
走行途中に開け閉めができなかった
リアバックの開閉ができるようになった。

さらに、重心をより低くすることが出来たので、
荷物搭載中でも、スタンドを使って自立させることもできるようになりまして。

いやぁ、めっちゃ機能的になったじゃないか。

しかも、見た目的にも軽そうになったでしょ。
ふふふ、ついに重量チャリダーのレッテルを返上して、
軽量チャリダーへの仲間入りか?

うむむ、
情を捨ててこそ、次のステップに移行できるってものなのですな。

会社立て直しのため
無情にもリストラを断行しなければならない
人事部の部長さんの気持ちがようやく分かったような気がします。

さてさて、
レジストレーションといった事務作業や
買い出し、そして休息という
ホーログでやらねばならないことは終わったので、
このニュースタイル・ファニーバニーに乗って
明日からワハン回廊を通ってパミール高原へと向かいま~す。

またしばらく音信不通になると思いますが、ご心配なく。
元気に走っているはず。
軽量化したからトラブルは激減する・・・はず・・・

2014.09.30 Tue l タジキスタン l コメント (2) l top
maroso
フロントラックが以前と違いますね。フロントパニアがずいぶん低い位置に装着されていていい感じです^_^


チャリヨシ
marosoさん、フロントラックが変わったのは、実は、ハンガリーで盗難事件があった後からなんですよ。あの時、それまで使ってたフロントキャリアを外されちゃってたんで、しょうがなく新しくしたんですが・・・これが、おっしゃる通り、重心が低くなっていい感じで。それ以来、フロントはこのカタチになってま~す。



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大変だ、過酷だと言いながらも、
なんだかんだいって、楽しんでいるタジキスタン道。

まぁ、楽しくなければやってられないっすよ。

だってね、
実は予想以上のトラブル続き。

相棒はリアキャリアのネジが折れただけではなく、
リアディレイラーが地面から飛び出ている岩にぶつかってしまい
そのせいで、ギアの調子がおかしくなってしまいまして。
今は、ギア変速が変えられない状態でなんとか走っている状況。

さらに、GoProカメラの留め具ネジを途中で落としちゃうし、
足が蒸れるんでサンダルに履き替えたら、後ろに積んだ靴を片方落としちゃうし、
と、いろんなことが起こってるんです。

まぁ、靴は最高に臭かったから、そろそろ替え時ってことで新しいのを買えばいいし、
GoProの留め具ネジは手元に持っていたチャリ用のネジで代用できたんで、いいとして・・・

相棒のギアの調子が悪いのは、かなりの不安材料。

パミール走り本番はこれからっていうのに、
ギアが変えられない状態では突入したくはない。
が、ホーログという町には、自転車屋がなく、
車の修理屋が、片手間で自転車も扱うくらいなものとのこと。

う~ん、
いやぁ、不安だが・・・

まぁ、なんとかなるでしょ。

ココには、人の優しさがあるからさ。

オイラ一人ではどうにもならないことも、
誰かに頼ることで、
必ず、なんらかの解決策にたどり着く。

人の優しさがある場所であれば、
どうにでもなるものなのさ。

というのが、最近オイラがつくづく感じている経験則。

心配性なオイラは
今までトラブルを恐れ、必要以上に備えを持っていたりしたんだけど、
そういうのは最低限あればいい。

旅に必要なものはそういうものではなかったのだ。

旅する上で必ず持っていなければならないのは、
甘え上手になる、ってことだけだった。

え~、43才にもなって甘え上手って・・・
って思われるかもしれませんが、
人は結局一人じゃ生きていけないんです。
誰かに頼らなきゃ生きていけないんです。

資本主義な社会では
<お金>という便利なものが仲介してくれて、
他人への頼りを、あたかも甘えじゃないようにしてくれているんですが・・・

結局誰かに甘えて生きているんですわ。

で、旅していると、
<お金>という経済尺度ではない頼り方をしなきゃいけない局面ばかり遭遇するんですよ。

その時に必要となってくるのが、
上手な甘え方。

上手な・・・?

ええ。ただ甘えればいいってもんじゃない。

<上手に>甘えるってのが、ポイントなんです、ハイ。

2014.09.29 Mon l タジキスタン l コメント (0) l top
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さてさて、さすがチャリダーの聖地タジキスタン。
道を走っていたら、他の国以上に多くのチャリダーと出会うことができた。

それにしても、女の子一人チャリダーに数人遭遇したのには、驚かされた。
オイラでさえ悲鳴をあげている道を
ニッコリ笑顔で走る彼女たち。
いやぁ、スゴイっすって思っていたら、

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「ところで、この先このクレイジーロードはどこまで続くの?」

って、泣きそうな顔で聞かれた。
うむむ、やっぱりそうですよね。
悲鳴をあげたいですよね。

と、そんな感じで出会うチャリダーは、
しばらくの間、反対方向からやってくるチャリダーたちだけだった。

ホワンくんとは初日からはぐれちゃったからなぁ・・・
その後オイラの相棒がトラブルを起こしたから、
ずいぶん先を走っているはず。

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オイラのペースじゃ
同じ方向に向かうチャリダーに出会えるとしても、
後ろからオイラを追い抜くスピードチャリダーだよなぁって思っていたのだが・・・
なんと、途中で
ドゥシャンベで一緒だったイギリス&スコットランドのカップルチャリダーに追いついた。

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メグライアン似のジュリアと、
よく見たらブラッドピット似のマーク。

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二人と一緒に一晩だけ庭にテントを張らせてくださいと
お願いしたタジキスタンの民家では、
結局、その晩の夕飯と次の日の朝飯まで
ご馳走になっちゃって、楽しいひと時を過ごさせていただきまして。

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で、この後、二人と一緒に走り始めたのだが・・・
なんと、ジュリアの自転車の後輪リムに
クラックが生じ、走れなくなってしまった。
オイラのノルウェー状態ですがな。

ということで、
二人はここからヒッチハイクで車を捕まえ
ホーログまで向かうことに。

いやぁ、やっぱり、タジキスタン道で苦しむのはオイラだけじゃないんだな。

で、またもや一人になり、しばらく走っていたら、
反対側から、フランス人のおじさんチャリダーがやってきた。

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オイラのチャリを見て、
おじさんがフランス語で興奮して喋りまくってきたので、
ほぼ忘れかけているフランス語脳をフル回転させ
よくよく聞いてみると・・・
なんと、3年前南米パタゴニアのビジャ・オヒギンスから乗ったフェリーに一緒に乗ってたっていうじゃないですか。
折りたたみチャリでメガネをかけていた東洋人ってことで、
オイラのことを覚えていてくれたらしい。
逆にオイラは、
あの時、めっちゃチャリダーがいたから、
おじさんのこと全然覚えていなかったのだが・・・

でもとにかく、
パタゴニア、そして中央アジアのチャリ走りを共有できるおじさんに会えたのはめっちゃ嬉しかった。
おじさんのテンションに巻き込まれ、オイラのテンションもあがりっぱなし。

同じ道を走ってきた人たちとは
苦しみや楽しさを共有できる。

一気に分かり合え、喜怒哀楽が共鳴する。

これがチャリダー同志の連帯感なのだ。

2014.09.29 Mon l タジキスタン l コメント (3) l top
ウガなか
いいですね。チャリダーの連帯感。写真見てたら俺もタジキスタン自転車で行きたくなりました!!!!


チャリヨシ
ウガなかさん、タジキスタンは自転車がいいですよ。ぜひ、チャリで。この景色は車で通り抜けるのはもったいなさすぎます。ただ・・・小径車は絶対おススメしません。くれぐれも折りたたみとかリカンベントなどでは挑まないようにして下さいね~。う~ん、ドゥシャンベで出会ったリカンベントに乗ったカップルチャリダーは、無事パミールを走っているのだろうか・・・



チャリヨシ
ウガなかさん、非公開コメントでもらったマノハワールさん話、教えちゃっていいですよ~。ちなみに、僕は、10/1には、ホーログを出発する予定です。あ、ホーログからはワハンに向かう予定なので、ゲストハウスの場所を教えてもらえると嬉しいです!



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ドゥシャンベ~ホーログへのタジキスタン道。
いやぁ、道が悪くて過酷ではあるんですが、景色は絶景だった。

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オイラのチャリでは走りづらくて
ホント嫌味しか口から出てこない道なのだが、
ちゃんとした自転車で走れば、最高に気持ちいいのだろう。
チャリダーの聖地と言われているってのも、まぁ、わかる。

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過酷な中に喜びを見出す
ドMチャリダーが絶賛するワケですわ。

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さてさて、
いくら景色が素晴らしいとはいえ、
走りづらくてしょうがないオイラとしては、
それだけでは、この過酷道を耐えきれない。

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心が折れ、
チャリ走りをやめてワープしちゃおうか、と
何度も思ったところを
結局最後まで走らされちゃったのは・・・

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道ですれ違う人たちの笑顔がステキだったから。

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「ハロー」
と言ってハイタッチしてくる子供たち。

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「アクダ?(ロシア語でどこから来た?)」
と言って笑顔で話しかけてくる大人たち。

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言葉は控えめなんだけど、
にっこり笑顔で微笑み返してくれる女の人たち。

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あ~、楽しい。
こういうのがあると、
道の大変さも忘れられるよ。

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うん、やっぱり、
オイラがチャリで走って楽しいって思うのは、
人がフレンドリーな国なんだよな。

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ちなみに、
タジキスタンに入って、
また人の感じが変わった。

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イラン系やスラブ系が強い感じ?

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トルクメニスタンでせっかくアジアを感じたのに、
またアジアから離れちゃった。

そういえば、
トルコの東南部に居た頃、よく
「お前は、トルクメニスタン人か?」
なんて言われて、
中央アジアってオイラみたいな顔立ちの人たちばかりなのかなぁ、
なんて思っていたのだが、
どうやら、トルクメニスタン限定みたいだな。
なんでだろ、でも、なんか面白い。
こういう地域性が見えてくるのも、
少しづつ進んでいくチャリダーならではの面白さ。

さてさて、ということで、
女の人や女の子もまた、イラン系やスラブ系の
<お人形さん的>美しさに戻ってきまして。

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いやはや、
タジキスタンは、そんな美人&かわいい子遭遇確率がかなり高い。

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オイラの感覚的には、
アルメニアやウクライナの美人遭遇率を越え、
ポーランドのクラコフに迫る勢いです、ハイ。

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ん?
結局最後まで走っちゃったのって、
美女写真が撮りたかったからなんじゃないのって?

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・・・ええ、実はそうなんです、ハイ。

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2014.09.29 Mon l タジキスタン l コメント (2) l top
ウガなか
お疲れ様です。そうですねー小径車輪の折りたたみ自転車だと悪路はきついですね。マウンテンバイクなら楽しいのでしょうけど。おっしゃるとおりタジク人はペルシャ系です。アフガンのダリー語もタジク語もペルシャ語の方言と考えることができます。ソ連がイランと険悪だったのでタジク人をペルシャ文化やイランから引き離したくて、タジク語という言葉を多用し、ペルシャ/アフガンとタジクを引き離そうとしたとのこと。とはいえアフガン北部にはタジク人が山岳民族として多数住んでいますし、3カ国は内部でいろいろ民族がいるのでしょうが、共通点は多いのでしょう。とパミールで英語のできるタジク人からいろいろ聞きました。



チャリヨシ
ウガなかさん、おお、なるほど、やっぱりタジク人はペルシャ系なんですか。そしてそんなソ連の思惑があったとは。いやぁ、今の世界はホント、かつての大国と言われた国が引っ掻き回して作られてますな。それはそうと、ウズベキスタンもタジク人に近いんですかね?ウズベキスタンで習ったウズベク語が結構タジキスタンでも通用するので、アレッと思ったりしたんですよ。


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ゴツゴツ岩がむき出しの道を
重い荷物を載せた状態でガタガタさせたため、
ドゥシャンベを出発して2日目の朝、
リアキャリアのボルトが折れた。
ボルトが外れるならまだよかったのだが、
なんと、ポッキリと折れてしまったのだ。

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とりあえず、応急処置として
手元にあったプラスティックストッパーでくくってみたのだが、
伸びてしまいズレてしまう。
途中トラックの運ちゃんからもらった針金で補強してみたところ、
なかなかいい感じなので、
針金を4本コヨリにして止めることに。

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2日目はこれでなんとかなったのだが、
3日目の朝、ちょっと走ったら針金が全部折れてしまった。

あぁ、ただでさえちゃんと走れないラフロードなのに、
ちょっと進むたびに壊れる心配をしなきゃいけないなんて、
ホント、面白くない。

やっぱりちゃんと修理しないとダメだ、
ということで、
近くの小さな村までなんとか移動し、
そこに立っていたおじさんに相談したところ、
家からドライバーと金槌を持ってきて、
なんとかしようとしてくれた。

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・・・のだが、おじさんは素人。

曲がりやすい相棒のアルミ筐体を
金槌で容赦なく叩こうとして、余計に壊されそうになり、慌てて止める。

ふ~、
こういうのは、ちゃんとした人に助けを求めないと
余計に大変なことになるな・・・

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と、そこに通りがかった他の村人が、
この先5km行ったところに
電気がある村があるから
そこへ行けば、電気ドリルを使って
穴をあけてくれるぞ、
と、アドバイスをくれた。

さらに、その人が、隣村に電話で連絡をとってくれ、
わざわざ車で迎えにきてもらえることに。

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で、やってきた車に乗り込み、
隣村へ移動。

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立派は修理工場でもあるのかと思いきや、
案内されたのはただの一軒家だった。
そこの庭で相棒の大手術が始まった。

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まぁ、こなれた手つきから判断して、
このお兄ちゃんは素人ではなさそう。
任せても大丈夫だろう、とは思うものの、

ウィ~ンとものすごい音を立てた電気ドリルが
相棒の中に突っ込まれていくのは
見ていてハラハラ。

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でもまぁ、余計な心配は杞憂に終わり、
無事修理が終わり、
見事に、相棒復活。

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ふ~

お兄ちゃんたち、ありがと~。

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しかし、こういうラフロードを走ると、
いかに相棒に負担をかけていたのかってのが、
明確になるよ。

これくらいの荷物なら大丈夫だろうって思っていたけど、
やっぱりオーバーウェイトなんだよなぁ。
パミール前でこんな状況なので、
パミールに入ったらもっと大変になるに違いない。
それを考えると、
荷物をもっと減らしてあげないといかんかぁ・・・

とりあえずは治ったけど、
この先が超不安だ・・・

2014.09.29 Mon l タジキスタン l コメント (0) l top
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オイラの相棒チャリを見て
「これでパミールを走るの!?」
と驚いてた
ドゥシャンベでお世話になったベローニクさん。

そんなベローニクさん、
オイラたちが出発する時、
他のみんなには「Enjoy riding!」
って言ってたのに、
オイラに対してだけ「Enjoy pussing!」
って言っていた。

その言葉の意味を、
ドゥシャンベを出発し、走り始めて2日目に痛感。

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道が未舗装でしかもゴツゴツ岩がむき出しのタジキスタンのダートロード、
小径車じゃ、とても走れないのだ。

<小径車の弱点:段差に弱い>

折りたたみチャリであろうと
世界の道を走ってこれることは
オイラがこれまでに証明してきた。

普通の道であれば
実はタイヤが小さくとも
他のチャリダーの自転車に劣らない性能を発揮できるのだ。

が・・・

ダートロードだけは・・・
まったくダメな小径車。

おかげで、上り坂でもないのに押さなければならない羽目に。
押してばかりじゃ、全然楽しくないんですけど。
タジキスタンって、チャリダーにとって天国って聞いてたのに、
オイラにとっては地獄なんですけど・・・

2014.09.29 Mon l タジキスタン l コメント (0) l top
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果たして旅の終わりってあるのだろうか?

6年間も旅し続けているというのに、
全然旅に飽きがこない。
このままでは、いつまで経っても終わりを感じることができず、
「やり切ったぜ」と、サッパリした形で
日本に戻ることは出来ないのではないのではないかと
不安を感じるようになってきていた
そろそろアジアを感じつつある今日この頃。

が、
つい最近、ようやく
あ、これが旅の終わりってことなのかも
って思うことがあったのだ。

それは、
<自分が変わったって感じたこと>
だった。

オイラはずっと、
旅をしたって人は変わらないよ
と思ってた。

生まれついて持っていたもの、
さらにそれまでの人生で身に付いたものは、
少々の体験で変わるものとは思っていなかったからだ。

実際、これまでは
ワーカホリックなところや、
心配性なところ、
なにかにつけて未練がましいところ、
自己中心的で協調性がないところなど、
日本に居た時のままの嫌いだった自分をずっと引きずっていた。

37年間、忙しい日常と
いろんなことを強要してくる世間にせかされることで作られた
なんだか心に余裕がない人間である日本時代の自分のまま旅を続けていた。

ところが、
6年目の後半の、ついこの間
そんな自分が、なんか変わったかも、
って、ふと思ったんですよ。

6年目はホントいろんなことが起こった。

パソコンの調子が悪くなり、
パソコンに触れる時間が少なくなったため、
日記書きなどそれまで<やらねば>って思っていた
<作業>から距離を置くことになったり、

相棒が盗まれたり、パソコンが壊れたりと、
無くなったら終わりだ、と思っていたものすら
無くしてしまうという経験をしたり、

それまでずっとほぼ一人で走っていたのに、
誰かと一緒に長距離ペアランをしてみたりと、

これまでとは違う状況が発生し、
日本時代からなんとなく続けてきた
<習慣>を変えざる事態に陥った6年目の一年間。

そう、習慣が変わることによって、
自分が変わった、と感じれることになったのだ。

人とは習慣によって作られる。

ルーマニアで日本から荷物を送ってもらった時に
荷物と一緒に同封してもらった
伊坂幸太郎の<ゴールデンスランバー>。

「人間の最大の武器は、信頼と習慣だ」

ってのがテーマになっていたこの話、

主人公の青柳君が、
ニセモノによって窮地に追いやられた時、
青柳君を青柳君たらしめ、
ピンチから脱するキッカケとなったのは昔からの習慣だった。

習慣とはなかなか変わらないもの。
だって、自分を形成するコアなのだから、
自分の意志では変えられない。
それは、<自分以外のナニモノか>の力によって
強制的に変えられなければ変わらないほど強力なものでもあるのだ。

オイラの場合は、6年経ってようやく
<自分以外のナニモノか>が訪れた。
それまで<日本時代の自分>でなんとかやってきたコトが
どうにもならないということを思い知らされる
<旅の理不尽>が立て続けに起こった。

そう、たぶん、5年くらいは
それまでのモノでなんとかやっていけるように世の中出来ているのだ。
海外旅行保険は5年まで入れるし、
いろんなモノの保障も5年ってやつが多い。

逆に、5年以上旅をすると、
それまでのモノではなんともならない領域に突入することになる。

うん、そう、6年旅をすると、
人は変わらざるを得ない状況に陥ることになるんです。

さてさて、
そもそも旅のキッカケってヤツはいろいろあったのだが、
その中の一つに、
「自分の嫌なところを変えたい」
というものがあったのは確か。

それが実際変わったことを感じ、
それによって、旅にある種の達成感を感じた今、
このまま旅が終わっても、満足できそうな気分になりつつある。

ああ、この気分があれば、旅の終わりをサッパリした形で迎えられる心の準備ができるのかも
って思ったりしてみたワケなのですよ。

ええ!?じゃぁ、もう旅を終えるんですか?
・・・というご心配はご無用。

今すぐ旅を終え、日本に帰っちゃうと、
また日本の習慣に戻っちゃうからさ。

ようやく自分の中に芽生えてきた<よき旅の習慣>ってやつが、
自分の中にちゃんと根付くまで、
旅を続けてみようと思います。

あと2年くらいは(笑)

2年経てば、揺らがない自分ってやつが確立できると思うんだけど・・・

でも、日本の<日本らしく>っていうパワーは凄まじいからな。
結局帰ったらすぐに元の自分に戻っちゃうのかも。

ま、そうなりそうになったら、
その時には、セネガルに逃避することにしよう。

どうにでもなるさ、と
思えるようになったのが、
自分の中で一番変わったところなのかも、ね。


あ、そうそう、
まだどうしても変えられない悪しき習慣ってのが、
もう一つだけ残ってまして。

それは、もっと味わなきゃっていうこと。

何事もせっかちにやっつけてしまう癖だけは
相変わらず日本時代から変わらない。

最近しばらく一緒に走った
マレーシア人のホワンくんが、
オイラの飯を食べる速さにびっくりして
「ヨシ、もっと味わいなよ」
って、言ったのを聞いて、
オイラ自身がハッとした。

食べ物だけでなく、
何事ももっと味わうと、きっともっと楽しくなるはず。

そう、今後は、もっともっと、ゆっくりと世界を味わうことにします。

さぁ、7年目に突入だ。
ということで、今後はさらに味わい深い世界をお届けしていきたいと思ってるんで、
引き続き、応援ヨロシクです。



5年以上の旅は面倒なことが起こりそうだから大変なのではなく、
5年以上の旅は面倒なことが起こるから面白くなる。

2014.9.24 タジキスタンの山の中にて

2014.09.28 Sun l タジキスタン l コメント (4) l top
ウガなか
自分が変わったって感じるとこができるのはポジティブなことかもしれませんね。理不尽なことがあっても、まあなんとかなるっしょ!と思うことって大切です!同感。寒いパミールお気をつけて。パミール行きてえええ。


たっちゃん
はじめまして。パタゴニアあたりから、このブログを拝見させていただいてます。
7年目突入おめでとうございます!これからもブログを楽しみにしています。


チャリヨシ
ウガなかさん、もともとポジティブシンキングなので、旅に向いてたのかもしれません。まぁ、なるようにしかならないので、どうせならいいほうに考えたほうがいいじゃないですか。パミール・・・行きたいケド行きたくないという複雑な心境で、ホーログの宿にダラダラ延泊中です。タジキスタンのオフロードはもうしばらく走りたくないんですよ(涙)あ、そんな時こそ、ポジティブシンキングか・・・


チャリヨシ
たっちゃんさん、はじめまして!コメント書き込みありがとうございます。パタゴニアあたりからとは、なかなか長く付き合っていただいてますねぇ。嬉しいです。これからも、相変わらずの旅様子を綴っていきますので、楽しみにしててください~



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ドゥシャンベから走り始めて8日目
本日ようやくパミールの入り口のホーログという町に到着。

いやぁ、ひたすら8日間走りっぱなし。
しかも、通ってきた道が、聞きしにまさる超悪路。
相棒はぶっ壊れるわ、
いろんなモノをまた落とすわで、
もう、大変。
あ~、疲れたよ・・・

まだパミール走りが始まってもないってのに
この疲労感・・・

ああ・・・

え~っと、この激走の8日間の様子と、
7年目を迎えた旅の抱負は、
明日にでも、書いてアップするとして、

今日は、もう寝ます・・・
とりあえず、8日ぶりのシャワーが死ぬほど気持ちよかった。

2014.09.27 Sat l タジキスタン l コメント (4) l top
ウガなか
おお、丘の上のチャリダーが集まるあの宿に泊まっているんですね。見覚えのある部屋です。俺はケチって廊下の雑魚寝スペースに宿泊しましたが、すごく寒かったです。大家が猫をたくさん飼っていると思うので遊んでやってください。ホーローグからドゥシャンベはランクル乗り合いでも15-20時間かかり大変でした。工事中の道路が多いですね。


チャリヨシ
ウガなかさん、ええ、そうです。丘の上のチャリダーばっかり集まっている宿に泊まってます。最初は雑魚寝スペースで寝ようと思ってたんですが、ずっとテント泊だったし、夜遅くまでパソコン作業をしたかったんで、贅沢にも部屋泊にしちゃいました。猫は、今も膝の上に乗ってますよ~。いやぁ、それにしても、ドゥシャンベ~ホーログ間の道は酷かったですよぉ。もうほんと、まいりました・・・


ウガなか
おい、今猫がひざの上にいるのかい。1年半前は赤ちゃん猫が6匹ぐらいいたけど今はおっきくなっちゃったかなあ。



チャリヨシ
ウガなかさん、猫はだいぶ大きくなってますよ~。あれっ、でも6匹も見当たらないんですけど・・・ほかの家に引き取られたりしたのかな?



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名残惜しさを感じながらウズベキスタンを出国し、
ようやくタジキスタンに入国。

で、走り始めたタジキスタン道は、
聞いていた以上に、酷い道だった。
とにかく、道が工事中ばかり。
砂利ばかりの道をモウモウと砂煙を巻き上げながら車が隣を走り抜ける。

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うむむ、なんだこりゃ。
首都ドゥシャンベに続くこの道はまだマシだと聞いていたのに・・・
この先のパミールやワハンの道って一体どうなっているのやら・・・

と不安を抱きながら、とりあえずドゥシャンベに向かって進むオイラたち。

と、そんな悪路を走っていたら、途中、道端に見えてきたブドウ畑脇で
お兄さんが呼び止めてきた。

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近づいてみると、袋いっぱいのブドウをプレゼントしてくれた。

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ありがと~

いやぁ、道は厳しくなったが、人の優しさは相変わらずみたいだな。

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それにしても、このいただいたブドウはめっちゃ美味かった。
いただきものには、親切という名のスパイスがかかっているものだが、
このブドウにふりかかっていた親切スパイスは格別だったよ、うんうん。

ふさふさとあったブドウを
あっという間に食べきっちゃったもん。

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・・・あ、いや、これには<苦労への報い>という名のスパイスもふりかかっていたからか。
この悪路走りはホント大変だったもんなぁ・・・

さて、そんなこんなでたどり着いたドゥシャンベ。

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と、街を走っていたら、
チャリダー向けのカウチサーフィン<ウォームシャワー>でホームステイを提供している
ベローニクさん宅にお世話になっているという
リカンベントチャリ(寝そべってこぐ自転車)で旅しているフランス人カップルに出会い、
ベローニクさん宅に連れていってもらうことに。

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ということで、ドゥシャンベでは、
木村夫婦もおススメしてくれていた
チャリダー大集合のベローニクさん宅で
お世話になることに。

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1,2,3・・・
ふおお、オイラたち入れたら14人ものチャリダーがいるぞ。

今季中央アジアの西からのパミール越えは
オイラがビリッケツだと思っていたのに、
まだまだこれから挑むチャリダーはたくさんいるんじゃん。

いやぁ、ちょっと安心したよ、
と思っていたら、ついこの間パミール越えしてきたっていうチャリダーから、
テント内の水が凍って大変だったなんて話を聞きまして。

灼熱の夏の世界から一気に極寒の冬の世界に突入することになりそうですわ(涙)

とりあえず、
パミールのパーミッションをとるため
ドゥシャンベに数日滞在し、
パーミッションが取れ次第、
パミールに向けて、
まずはホーログへと走り始めま~す。

2014.09.17 Wed l タジキスタン l コメント (2) l top
ウガなか
タジキスタン無事到着何よりです。何度かコメント書いたのですがうまく表示されないみたいです。届いてますか?非公開コメントにチェックが入ってしまう??さてパミール本気で寒いので気をつけてくださいね。8月でも結構寒くて峠越えで雪降ってましたから。4000mをなめたらいけません。高山病も十分気をつけてください。タジキスタンはまた絶対行きたいところです。山がすごい。


チャリヨシ
ウガなかさん、20日に投稿してくれた3通のメッセージは非公開コメントってことで、届いてましたよ。表示はされてませんけど、ちゃんと読んでおきました。う~ん、ディフォルトで非公開コメントにチェックが入っちゃうのかなぁ・・・とにかく、これからも、公開していいコメントだったら、非公開チェックは外してからポストしてみてください~。さて、今日ようやくホーログに到着しました。これからパミールに突入です。しかし、まだ、パミールが始まってもいないってのに、これまでの道もキツすぎて、早くも心が折れそうです。ま、とにかく、4000mはなめないで、気を引き締めて挑戦します!



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国境近くの町まで列車ワープしてきたオイラたち。
さぁ、いよいよタジキスタン・・・
と思っていたのに、
いろいろあってその日のうちに国境は越えられず。

が、結果的にこの日は急いで国境を越えなくてよかった。

なぜなら、ウズベキスタンの優しさを再確認する
素晴らしい出会いが、まだまだ待っていたからだ。

旅とは人との出会い。

出会いを放ってまで先を急がなきゃいけない理由なんて
あるワケがない。

さてさて、ウズベキスタン最終章の出会いは、
まず、列車を降りてすぐ、
腹ごしらえにと、寄った食堂から始まった。

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オイラたちの自転車に興味シンシンの小学生二人が案内してくれた食堂。

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ここでラグメンを食べていたら、
ビールを持ってきたおじさんが割り込んできて
「これは俺のおごりだ、乾杯!」
とビールを奢ってくれた。
オイラたちは走るから、アルコールは飲まないって言っているのに
おかまいなし。
(もちろん、嬉しいのは嬉しいのだ)
大人はこんな感じで、ズカズカくるのだが・・・

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意外と子供たちの方が、紳士的。
オイラたちが食べ終わったタイミングを見計らって、
控えめな様子で「サインをちょうだい」とノートを持ち出してきた少年たち。

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ふふふ、かわいいやつらだ。

ということで、喜んでサインをしてあげた。

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しかし、サインを欲しがるなんて・・・
こういう子にとっては
オイラたちおじさん(ちなみにホワンくんも40才オーバー)も
ヒーローに見えたりするのかいな?

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そして、そんな彼らと別れ、走り出したのだが、
GPSを盗られた&GPSの電池がなくなって使えないコンビのオイラたち。
二人して道に迷ってしまいまして。

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日が暮れてきてしまったので、
どこかテントが張れる場所がないかと、
探し回ったところ・・・

道端に立っていた一人のおじさんが、
「この先にある建物ならたぶん泊まれるぞ」
と教えてくれた。

その建物に行ってみたところ、どうやら学校らしい。
で、夕刻のこの時間だというのに、まだ人がいっぱいいた。
しかも、女の人ばかり。
ストレンジャーな自転車乗りのオイラたち二人を
怪しみながらも、興味シンシンに近づいてきた皆さんに、
「すいません、今日ココにテントを張ってもいいですか?」
とお願いしたのだが、
皆さんウズベキ語、ロシア語しか話せないので、
話が通じない。

と、困っていたら、
一人だけ英語が喋れる女の子が登場。

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ムカダスちゃんという可愛い彼女のおかげで、
なんとか話が通り、
責任者らしき男性が現れ、
「敷地内はNGだけど、門の外の空き地ならいいぞ」
と許可していただくことができた。

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ということで、
建物の手前にテントを張らせてもらったオイラたち。

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しかし、まぁ、物珍しいオイラたちを
好奇心旺盛な子供たちが放っておいてくれるはずがなく、
テントを張り終わったオイラたちは、
あっという間に子供たちに囲まれた。
そして、ムカダスちゃんを通訳にして、質問攻め。

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疲れているから早く休みたいのだが・・・
と、本音としては思うのだが、
ご厚意をいただいた人たちに
邪険な態度をするのは申し訳ないので、
半分困った顔をしながらも、
聞かれた質問には丁寧に答えるオイラたち。

さて、暗くなって子供たちが去ってくれたので、
一息ついてお茶を沸かしていたら・・・

再びムカダスちゃんを先頭に、子供たちがやってきた。

ふおお、まだ質問は続くのかい。
さすがに勘弁してくれぇ・・・
と思ったら、
パンやチャイやプロフなど、
夕食セットをオイラたちに持ってきてくれたのだった。

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いやはやありがたい。

そして、なんとデザートのスイカまで。

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おかげで、空腹に腹を鳴らしながら寝る状況は
避けることができたよ。

さて、次の日、
なんだか視線を感じて朝起きたら・・・
建物の窓から多くの女の子たちに見られてた。

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そんな建物から出てきた女の子たちは・・・
白衣を着ていた。
どうやらココはメディカル学校で、
彼女たちはその学校付属の寮に住んで生活をしているようだ。

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朝やってきた先生たちにお礼の挨拶をして
出発。

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今度こそ国境へ・・・
と走り出した道の途中でも、
カメラを向けたら踊りだすおばちゃんや、

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笑顔が可愛い少年たちなど、

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最後まで、ウズベキスタンは優しい表情を見せ続けてくれたのだった。

あ~、列車になんか乗らずに
やっぱり最後までチャリで走ればよかったよ、ウズベキスタンは。
もっともっと、この優しい表情を見たかったなぁ。

2014.09.17 Wed l ウズベキスタン l コメント (0) l top
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地図上では、サマルカンドからタジキスタンの最寄りの国境まで30km。
チャリでも3時間あれば行ける距離だ。
なので、オイラがゲットしたタジキスタンのビザが始まるの15日にサマルカンドを出発し、その日のうちにタジキスタンへ突入するつもりだったのだが・・・

宿で出会った他のチャリダーや
すでにタジキスタンを走ってきたというNGさんからの情報で、
その国境は閉まっていて、
そこからタジキスタンへは入れないということが判明。

なんてこったい。

タジキスタンに入るには、
もっと南の方にあるデナウっていう町近くの国境へいかねばならないとのことなのだ
サマルカンドからデナウまでは山を回避するためグルッと遠回りしていかねばならず、道のりにして300km以上ある。

・・・3日もかかるじゃん。

もう気分的に、タジキスタンって気分になっていたオイラ。
あと3日もウズベキスタンを走る気分にはなれなかった。

しかもさらに困ったことに、
しばらくパソコンいじりのために
宿にこもっていたため、
すっかり腰が重くなり、
走りどころか、宿をでる気すら失せてしまっている。
この先どうしようか、考えるのにかこつけて、
2~3日延泊でもするかなどと考えていたら・・・

ちょうど、その宿にやってきたマレーシア人チャリダー、ホワンくんから、今日の夜行の電車でワープしてその南の国境へ向かうという話を聞きまして。

おお、そうか、電車って手があったのか。

それに、このタイミングでホワンくんが現れたってのは、
やっぱり、ノンビリなんてしている暇はないわよ、先を急ぎなさい、
という旅の女神の差し金かも・・・

こういうのは流れに乗ったほうがいい。

ということで、
急遽予定変更。
ホワンくんと共に、ウズベキスタンを列車旅することに。

夜、NGさんに見送られ、
ホワンくんとサマルカンドの鉄道駅へと向かう。

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で、夜中の2:40発の列車に乗り込んだオイラたち。

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どうせ座り座席だろうから眠れないんだろうなぁと思っていたのだが・・・
なんと、この列車、寝台車だった。

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大人一人がゆったり横になれるスペースはあるし、
ふかふかのマットや枕、さらにシーツまで用意してある。
おかげで、意外とちゃんと眠ることができ、
昼の14時に到着した駅の町でダウンすることなく
そのまま国境へと走り始めたオイラたち。

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今度こそ、国境はもう目の前。
さぁ、次はタジキスタンだ。

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2014.09.16 Tue l ウズベキスタン l コメント (0) l top
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シーズン中の中央アジアはチャリダー率がめっちゃ高い。
そんなチャリダーが集まるこの宿。
今日も、朝起きたら、中庭に、
ちっちゃな自転車をいじっている一人のチャリダーがいた。

ん・・・ちっちゃな自転車?

そう、折りたたみチャリだった。

オイラの相棒とは違った型の小径車、
20インチタイヤの折りたたみチャリ、
<アメリカ製のバイクフライデー>。

細見夫婦のブログに南米で出会ったとか書かれてたのを読んだりしていて、
そのチャリに乗って旅をしている日本人チャリダーがいるという噂は以前から聞いていた。

で、中庭でちっちゃな自転車をいじっていた人は、
その噂の日本人折りたたみチャリダー、NGさんだったのだ。

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偶然にも、こんなところで遭遇。

NGさんは、冬の間半年日本で働いて、
その稼いだお金で夏の間世界を走るという旅スタイル。
そんなスタイルをずっと前から続けている。
で、この夏はまだ走っていない中央アジアを激走。
オイラと逆ルート、東から走ってきたところを
ちょうど、ココで鉢合ったってワケなのだ。

いやぁ、なんかね、
他のチャリダーと出会うのとは、
テンションの上がりかたが違った。

折りたたみチャリならではの苦労を
実感として共有しているからさ。
話をしてても、通じることばかり。
そりゃ、盛り上がるわけでして。

さらに、NGさんとはなんと、同い年だったし。

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ちなみに、NGさんのチャリは、
スーツケースを貨物車のように後ろにつけて
ひっぱっていくスタイルなのだが・・・
輪行する際、なんと、チャリをたたむと、
チャリがこのスーツケースに入っちゃうとのこと。
おかげで、飛行機で預け荷物をしても、
チャリを壊される心配を全くしなくてすむんだと。

走る時にはアディショナルな荷物入れ、
輪行時には自転車入れとなる
スーツケース付。

これ、バイクフライデーの仕様。
うむむ、よく考えられているなぁ、さすがアメリカ製。
相棒チャリへ余分な負担をかけないようにできている。

それに比べて、オイラは・・・
相棒に負担かけすぎてるんだよねぇ。

そんな負担のせいで、またもやトラブル。

なんと、
最近また増えつつある後ろ荷物の重さに耐え兼ね
折りたたみ機構部の留め具であるネジが折れてしまいまして(涙)

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このネジ折れがどれだけ深刻なものなのかは、
BD-1ユーザーにしかわからないでしょうけど、
これ、かなり涙モノのトラブル(涙)

とりあえず、ブルガリアで責自さんに会ったときにもらった
荷物止めロープで応急処置しましたケド・・・

ああ、中央アジアでは、どれだけトラブルが続出するんだよぉ(涙)

2014.09.15 Mon l ウズベキスタン l コメント (2) l top
きむらゆうじ
お、NGさんとお会いになったんですね!
やっぱり会える運命ですね笑
最近、つくづく思うんですよ。チャリダー同士の遭遇率って本当に高いなって。


チャリヨシ
ゆうじくん、ええ、NGさんと会いましたよ~。
今回のは、ホント偶然だったんで、まさに会える運命だったのではないかと。
まぁ、でも、お互い旅長いっすからね。
いつかどこかで会ってもおかしくなかったってことで、ようやく、ハイ。
で、そうそう、チャリダー同士の遭遇率が高いのは、
きっと、旅が長いからなんすよ、きっと。



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「ケープタウンの宿キャットアンドムースで、手羽先作ってましたよね?」

テヘランの宿に泊まっていた時、初めて出会った日本人の女の子にいきなりこんなことを言われた。

ケープタウン・・・
キャットアンドムース・・・
もう、3年以上も前の話だ。

確かに、あの頃オイラの中で手羽先がブームだったので、作ったことは覚えているが・・・
なぜ、キミがそのことを知っているのだ?

「私も、あの時、キャットアンドムースに居たんです。すごく美味しそうな手羽先を作ってるなぁ、食べたいなぁって思ってたんですけど、あの時は話しかけるキッカケが掴めなくて、結局見てるだけで・・・」

大抵宿で日本人と出会ったら絡むオイラなのだが、
あの時は、ピエロだいすけくんたちとナミビア・レンタカー旅行から戻ってきたばかりの時で、
団結力が深まった男4人だけでワイワイやっているのが楽しくて、
他の客に目が向かなかったと思われる。

・・・ゴメン、全然キミのことを覚えてないや。

「いいんです。勝手に見てただけですから。あ、でも、せっかくまた会えたんだから、ぜひあの時の手羽先を作って食べさせてください」

と言われたのだが、
結局テヘランではお互いバタバタしちゃって、
手羽先を作ってあげられることなく、旅立っちゃったんですよ。

そんなミユキちゃんと、
なんと、サマルカンドでまた偶然バッタリ再会しちゃいまして。

「ヨシさん、これはもう、私に手羽先を食べさせろってことですよ」

なるほど、それも、そうかもしれないな、と思ったオイラ。

ちょうど、イランで仕入れたゴマも手元にあることだし、と、
宿のキッチンを使わせてもらって、ご馳走することに。

だが、食材を仕入れにバザールに行ったところ、
手羽先が売ってなかった。

「う~ん、ま、足を使って照り焼きにすれば、それっぽくなるからそれでもいい?」

ということで、キャットアンドムースの完全再現とはいかないが、
それっぽく、似た感じで、照り焼きチキンを作ることに。

そして、作り始めたキッチンで、
「3年越しの夢がかないます!」
と、嬉しそうなミユキちゃん。

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いやぁ、でも、なんか変な感じだ。

3年前に作ってた料理を、
出会ったことを覚えていない女の子がリクエストしてきて、
それを作ってあげることに、こんなにも喜んでくれている。

ま、こういうのもまた長旅ならでは、だ。

ちょうど、同じ宿に泊まっていた短期旅行者リセさんも、
せっかくだからご一緒にってことで、
3人で照り焼きチキンランチ。

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久々に食べた照り焼きチキンは、
ちょっぴりだけケープタウンを思い出す味がした
・・・ような気がした。

2014.09.12 Fri l ウズベキスタン l コメント (0) l top
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イランの最後の記事から
しばらくブログ更新が途絶えていたのは、
ネット環境がなかった、
という理由もあったのですが、
実は一番大きな理由は、<パソコンがぶっ壊れたから>だったんです。

イラン中盤から絶不調になったとのことを
ブログに綴ってきましたが、
ウズベキスタンのブハラで、完全に壊れてしましまして。

一応立ち上がりはするのですが、
内蔵ファンが変になっているため、
空冷ができず、熱暴走して、すぐに落ちるようになっちゃったんです。

まぁ、この現象は暑さのせい。
暑いところで使いさえしなければ、
まだ使えないこともないので、
完全にぶっ壊れたというには語弊があるんですが・・・

これはいい機会なのかも、って思ったんです。

このパソコンはサポートが切れたXPだし、
ちょうど、ウィルスバスターの期限も先日切れたところだった。
そして、なによりも、そろそろ動画をハイビジョンで扱いたいって気持ちが大きくなっていたところだったんですよ。

旅で、6年間使ってきたこのパソコンは、
購入自体はほぼ10年前に買った、今や骨董品とも言えるモノ。

とはいえ、メールとかネットサーフィンとかサイト作成くらいなら
このパソコンのパワーでなんら問題はなかった。
だから、それくらいしかやらないんだったら、
がんばって騙し騙しコイツを使い続けるというのもアリだった。

が、不満点が一点だけあったのだ。
そして、それは今の、そしてこれからのオイラの旅にとって、致命的な不満点だった。

それは動画。
ハイビジョンが扱えないのだ。

当時、ハイビジョン動画再生や編集なんて、
特殊な人たちがやるものだったので、
当然、そんなCPUパワーなんてないし、アクセラレーターなどもついていない。

だから、VGAでの動画編集がやっとこさっとこだったですよ。

まぁ、今まではそれでもいいと思ってやっていた。
画質より中身だって思ってたから。
中身がペラペラなのに、画質だけ上げても恥ずかしいだけだって思ってた。
でも、ルーマニアでこもってひたすら映像編集をしていた時、
「うむむ、我ながらいいビデオ作れるようになってきたんじゃない?」
って、中身に関して、ちょっと自信が持てるようになったんです。

であれば、次のステップとして、いい画質でやりたいな、
って思いが次第に強くなってきまして。

そうするとパソコンを買い替えるしかない。
が、いつか、という想いはあるものの、
まだ使えるモノを捨ててまで、
新しいモノに乗り換えたくはなかった。

そんな想いを抱いていた中、
起こった今回の熱暴走。

う~む、これは、
「そろそろハイビジョン動画をやりなさいよ」
という、旅の女神の差し金なんじゃないかと思ったんですよ。

ということで、
到着したサマルカンドで、
早速パソコンショップへ。

ただ、物資があまりない中央アジアですから。
まぁ、買い替えてもいいと思えるようなパソコンはない可能性が高い。

よりによって中央アジアで壊れるなんてなぁ・・・
せめてヨーロッパで壊れてくれたら、欲しいパソコンが買えただろうに・・・

なんてボヤキながら、ようやく見つけた一軒のパソコンショップに入ったところ、

ACERのAspire/V5といシリーズのネットブックが一台だけポツンと置かれていた。
しかも、値段は300ドルとのことで、想定していたより相当格安だった。

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このマシンであれば、1080pはわからないが、720pの動画であれば、
問題なく動くはず。

ということで、選択の余地はなく、ぼほ一択だったのですが、
オイラの望むスペックのパソコンがありまして。

即決で購入を決断。

が、ここで一つ問題が。
ドル換算すると300ドルなのだが、
店は、ドルで受け取ってはくれないとのこと。
しかもマスターカードは使えない。
つまり、ウズベキスタン・スムの現金で払わなきゃいけないのだ。

ウズベキスタン・スムでいくらか計算してもらったら
まけてくれた価格で880,000スムとのこと。

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いいじゃん、スムに両替して払えばいいだけでしょ、
とお思いになると思いますが、
実は、ウズベキスタンでスム両替をすると、
ほぼ一番上の額が1,000スムの紙幣でお金が渡される。
(一応5,000スム紙幣とかあるらしいのだが、見たことがない)

つまり、880枚の紙幣が渡されることになるのだ。
880枚の紙幣ってどれくらいかというと、
これくらいなんです、ハイ。

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いや、なんだ、この札束の厚さ。
アホかと。
パソコン一台買うのに、こんな札束を持ち歩かなきゃならんのだ。

いったん店をでて、両替屋で、両替してもらったのはいいものの、
当然、財布になんか入るわけなく、
鞄にむき出しに詰め込むことに。

いやぁ、実際の金額的にはたかが3万円程度なのだが、
この札束の厚みのせいで、
なんかその100倍くらいのお金を持っているかのような錯覚に陥り、
めっちゃドキドキしながら、
両替した金を持って、再びパソコンショップへ向かう羽目に。

で、店には、金を数えるキャッシャーが複数台置いてあり、
オイラが渡した札束をちゃんと数える店員さん。

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ええ、こんなの自力じゃ数えきれないよ。
オイラ自身、両替してもらった後、200枚まで数えたけど、
あとはもう、めんどくさくなって、数えるのやめたもん。

そんなこんなで、ウズベキスタンにて、おニューのパソコンをゲットしました。

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ちなみに、このパソコンWindows8.1を入れてもらいまして。
ようやく、オイラもWindows8デビュー。
ただ、OSがロシア語仕様だったので、
購入後、日本語化を試みたのですが、完全日本語化には失敗。
読めない文字のメニューが・・・
まぁ、読めなくても、機能的にはわかっているから使う分には問題ない。
これも、旅っぽくていいか。

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いやぁ、でも、ついにパソコンを買い替えちゃったなぁ。
あのパソコンだけは交換不可能だって思っていたから、
すっごく大事に扱ってきたのに。

そう、あのパソコンだけは無くさないように、壊さないようにと、
とにかく、神経を使っていた。

そんなパソコンだったから、さぞかし、失うことに悲しみの気持ちが湧くだろうと思っていたのに、
実際に新しいパソコンを使い始めたら、
6年間連れ添ってきたパソコンを失う悲しみよりも、
なんか楽になった気持ちってのが、正直なところだった。

あのパソコンに神経を使っていたっていうのは、
逆に言うと、あのパソコンに縛られていたということだったのだ。

その縛りから解放された感からか、
ホント、気持ちが楽になった。

それしかない、というこだわりによる執着は、必要だし、立派なものだと思う。

本来、モノは、やりたいことを実現させるための機能を持った道具だから使うことになる。
やりたいことをやるにはこれしかないというこだわりで、使う道具を選出するのは、非常に正しいアプローチだ。

が、やりたいことが変わってきて、使っている道具では機能不足になってきた時、それでも使い続けるのは、もはやこだわりではない。
それは、愛着による執着と言われるものなのだ。

6年間一つのパソコンを使い続けてきました、
なんてのは、ある種、美談にも聞こえるかもしれないが、
実際は、そういうものではない。
やりたいことが出来ないパソコンを使い続けるのは、決してよい選択ではないのだ。

愛は生きていく上で大事なものではあるのだが、
愛とは束縛を伴うもの。
自由を求める旅と愛は、実はあまり相性がよくない。

新しいパソコンで、
ハイビジョン動画がサクサク動くのを確認した時、
めっちゃ感動したもん。
そして、これからこの画質で動画が撮れるってことに
めっちゃワクワクする気持ちが湧き起こってきちゃったもん。

いやぁ、アルゼンチンでお絵かきした時、
描いたおじいさんキャラに
あの当時は、思いつくままに何気なく、こんなセリフを言わせてたんだけど・・・

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我ながら、今更ながら、この言葉の意味を理解しました、ハイ。


とは言うものの、
あのパソコンのことを、6年間の旅の中で、何よりも頼りにしてたし、
何よりもお世話になった存在だったのは事実。

お疲れ様、
そして、ホント、ありがとう。

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2009年4月パナマで使っていた時の写真。まだ付属のキーボードがあったし、筐体が綺麗だった・・・

2014.09.11 Thu l ウズベキスタン l コメント (8) l top
Kurumi
ブログ復活おめでとうございます!
立て続けに更新されていましたね。
ちゃんと走って、相変わらず楽しそうだなと、安心しました。

そうですか、あのパソコンもとうとうダメになりましたか。
我が家には、パソコンを立てるための額縁立てが記念品として残っています(^^ 
いったいこれなんだろう?と首をかしげていた私に、二男と三男が「よしさんの!!忘れていっちゃった」と焦っていました。

世界のあちこちに、パラパラといろんなよしさんの落とし物?忘れ物?盗られちゃったもの?があるってことですね。

ブログ、引き続き楽しみにしています!







チャリヨシ
kurumiさん、
一瞬誰の書き込みだろうと思いましたが、
額縁立てを忘れていったのを・・・というくだりでわかりました。
アレを忘れちゃったのは一か所しかないですから。

しかし、他の落とし物や、忘れ物、盗られちゃったものは、
確かに世界中に散らばってますよ。
思い返せば、意外といっぱいあります(涙)

それらが、誰かの役立っているのであれば、
まぁ、なんかうれしくも思えないことはないです。
kurumiさん宅の額縁立てのように、ね。

まぁ、とにかく、おニューのパソコンは、めっちゃ快適。
これからも、更にガンガンブログ更新していきますんで、
今後とも楽しみにしていてください~


ヤマト
この前は返信ありがとうございます。

パソコン買い替えの話、同感です!
当たり前と思っていたのを手放すと、
必ず新しい「何か」が入ってきますよね!
しかもその「新しい何か」のほうが、得るものが遥かに大きい気がします。

ジンバブエの旅行記、ブログには途中まで上げてるのですが、
ブログの趣旨がわけわからんようになってきたので(笑)、
旅サイトに移行+加筆中です。

少しずつですが、毎日5分くらいずつ?は
更新していきますので、また見てやってください。




チャリヨシ
ヤマトさん、
そうそう、失うとか別れっていうのは、新しいコトの始まりでもあるんですよね。
失ったものや別れたものを惜しんで後ろ向きな気持ちでいるよりも、
新しいものに対してワクワクするという前向きな気持ちでいたほうが、
絶対楽しいですから。
最近、いろいろトラブルが続くんで、そう思うことにしました(涙)

ジンバブエの旅行記、前回ブログを覗いてみた時に発見できなかったんですが、
今日、ブログをよくよく見たら、その13までアップされてました~(笑)
確かに、旅行記は旅行記だけで統一してくれたほうが、読みやすい気がします。
リニューアルを待ちつつ、またちょくちょく覗かせてもらいますね!


うがなか
自分の大切な所有物だけど、それにとらわれて自由を束縛されるって感じ、わかるような気がするなあ。


チャリヨシ
うがなかさん、わかってもらえますか。いやぁ、最近つくづく、この感覚を実感するようになりまして。愛着ってやつが、いかに人の心を縛るものなのか。ブログにも書きましたけど、愛と旅は、相性悪いものっすよねぇ、ホント。


ヤマト
ホームページ見ていただいてありがとうございます!

普通の旅行記を書くつもりはないので、僕のサイトはかなりふざけた内容ですけど(笑)
旅だけに特化して書いてみますね!


チャリヨシ
ヤマトさん、ああ、なるほど、やっぱり普通の旅行記を書くつもりはなかったんですね(笑)とにかく、続きを楽しみにしてますよ~。とはいうものの、今いる中央アジアはネット環境がよくないので、なかなかアクセスできないんですけど・・・


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イランのテヘランでトルクメビザを申請した時、
トルクメ大使館でフランス人チャリダーカップルと出会っていた。
その後、オイラと同じくトルクメからウズベキへ行くという話だったのだが、時期が若干ズレているため、なにかと急いで前進しなくちゃならない中央アジアでは、会うことはないだろうな、ってな話をしていたんです。

そんなフランス人チャリダーカップル、オリバーとマハレンとブハラの宿で再会。

なんでも、トルクメビザの入国ポイントを間違えられたため、5日間でのチャリ完走が不可能になったから、もういいやってことで、列車に乗ってワープしてきたため、追いついたとのこと。

そんなお二人は、なんと、タンデム(二人乗り)チャリダーだった。
いろんなチャリダーに出会ってきたけど、
タンデムチャリダーに出会ったのは、初めて。

そんなオリバーとマハレンとブハラ出発日が一緒になったため、
そこから先はペアランしようってな話になったのですが・・・

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なにせ、彼らは二人馬力。
オイラのノロノロ小径車とはスピードが違う。

ということで、先に行ってもらうことになったのですが、
途中途中で、休憩を長くとる彼ら。
まさに、ウサギとカメの寓話のように、
最終的にはオイラがその日の就寝場所に先に辿り着き、
後から彼らがやってきて、また再会を果たすという道中になりまして。

ということで、タンデムチャリダーとのウサギとカメ競争を繰り広げた
ブハラからサマルカンドまでの走行の様子をお伝えします。


9/8 ブハラ~カルマナ

オリバーとマハレンに置いていかれたオイラは、
マイペースでウズベク道をひた走り。
トルクメと違って、ちゃんと標識があるのがうれしい。

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途中途中で寄るミニマーケットや食堂では、
フレンドリーなウズベキスタンの人たちばかりだった。

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やっぱり、人がフレンドリーで優しい国は走りやすい。
すでに、ウズベキスタンは大好きな国になっているけど、
走れば走るほどこの国の良さが見えてくる。

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さて、夕刻になって、宿をどこにしようかと思っていたところで、
一軒のレストランが見えてきた。
夕食を食べに寄ったところ、

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なんと、夜、このリビングテーブルで寝ちゃってもいいよ、と言われまして。
もはや、レギを気にすることをやめたオイラとしては、無理に宿に泊まる必要はない。
ということで、本日はココで寝ることに。

と、そこへ、いつのまにか後方を走っていたオリバーとマハレンが、同じく夕食を食べにこのレストランにやってきた。

うむむ、約束もしていないのに、ココでまた再会できるとは。
会える人には会えるもんだなぁ・・・
と思ったのだが、よくよく考えてみたら、そんなにチョイスするほど店がないため、休んだり、食事をしようとしたりすれば、同じ店になる可能性は割と高いのだ。

で、オリバーとマハレンに「ここで寝かせてくれるらしいよ」と伝えたところ、宿探しに困っていた二人も、ココで寝ることに。

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二人はテントを張ってたケド、
リビングテーブル寝に慣れてしまったオイラは、
そのまま横になってゴロ寝。

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9/9 カルマナ~シャイクラー

翌日、夜明けと同時に出発。
タンデムにまたがって・・・

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・・・って、違う違う。
これは、ちょっとだけタンデムに試乗させてもらっただけ。
いやぁ、でも、初めて荷物を搭載したタンデムに乗せてもらってけど、そんなに違和感はないもんだな。
車体が長くなる分、ターンをする時に気を使わなきゃいけないけど、
普通に走っている分には、ノーマルチャリとあまり変わらない。

そして、やっぱり<一緒に走っている>感は半端ない。
うむむ、好きな女性と一緒にチャリ旅することになるのなら、
タンデムという選択はアリですわ。

さて、今日もやはり走り出すと同時に置いていかれたオイラだったが、
しばらく走って、朝食を食べようと、見つけた食堂に入ったら・・・
二人が居た(笑)

別テーブルで食事をしていたウズベクのおじさんたちを巻き込んで、にぎやかな朝食。

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で、朝食を食べた後、再び走り始めて、すぐにまた置いていかれるオイラ。

ひょっとしてまた昼食ポイントで会えるかな・・・と思ったのだが、
残念ながら昼食ポイントでは会えなかった。

その代り、昼食ポイントでは、
朝食ポイントと同様、陽気なウズベクのおじさんたちに囲まれまして。

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ラグメンとかペリメニとかたらふく食べたのに、
食べ終わった時、
「君は出さなくていいよ。俺らがお金は出しておくから」
ということで、奢ってもらっちゃった。
まぁ、このおじさま方は、聞けば、皆さん、お医者さんとか歯医者さんとのこと。
ということで、めっちゃお金をもっていそうだったので、ココは遠慮なく、甘えることに。

で、昼食後、おじさんたちに飲まされたウォッカのせいで、
ほろ酔いながら、綿花畑が続く道をひた走り、

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夕刻、昨日と同じく、食堂が見えたので、また同じように寄ることに。
で、昨日と同じ流れで、ここで寝ていいよということになり、今晩の寝床を確保。

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昨日の流れでは、この後に、オリバーとマハレンが現れるはずなのだが・・・今日は現れず。

さてさて、今晩お世話になることになったこの食堂では、
なぜかご主人のおじいさんに気に入られまして。
頼んでないのに、次から次へと飯が運ばれてきた。

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前菜の果物やサラダ、パンの後に

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プロフ、

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サモサ、

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シャクリキ

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が次々と出てきたのだ。

いくら安いウズベキ飯とはいえ、これだけ食べると結構な額の金が飛ぶ。
いや、こんなに払えないんですけど、とおじいさんに言ったら、
「何言ってんだ。全部俺のおごりだ。クシェクシェ(食え食え)」
と、ありがたいお言葉。

いやぁ、なんでしょう。
今日は昼間も奢ってもらっちゃったし、
嬉しい奢られ日和。

オリバーとマハレンもココにくればよかったのに、
なんて思いながら、用意してもらった布団に入り寝付くオイラであった・・・

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ちなみに、後から聞いたところ、その頃オリバーとマハレンは、
一つ前の隣村の地元の人達の結婚式に飛び入り参加していたらしい。
うむむ、それはそれで、羨ましかったぞ・・・


9/10 シャイクラー~サマルカンド

朝、お世話になりました、とお礼を言い出発しようとしたら、
「朝飯、食ってけ」
とおじいさんに言われ、朝食までいただくことに。
いやはや、ホントありがたい。

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さてさて、そんなお世話になりっぱなしだった食堂の皆さんとお別れし、

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サマルカンドまで残り50km程の道を走るオイラ。

ちなみに、ウズベキスタンでも朝道を走っていると、
登校途中の少年少女たちと出会います。
ウズベクの女の子たちの制服姿も可愛い。
こんな感じ。

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さてさて、辿り着いたサマルカンド。
結局、オリバーとマハレンと巡り会えたのは、一日半だけだったなぁ・・・
なんて思って、宿にチェックインしてマッタリしてたら、

「ヨシ!」

とタンデムチャリに乗ったオリバーとマハレンが遅れて同じ宿に入ってきた。

サマルカンドでこの宿に泊まるなんて言ってなかったのに。

出会える人には出会えるもんなんですな。
ホント、約束なんてしてないから、偶然の積み重ねなんだけど・・・
これが、旅ならではのマジックってやつなんです、ハイ。

ちなみに、オリバーとマハレンは今回で二度目の長期旅とのこと。
最初は1か月くらいの旅をしたんだけど、その時、1年旅している旅人に出会い、
そうか、1年旅もありなのか、と思って、今回1年旅をすることにしたらしい。

そんな1年旅で、6年旅をしているオイラに出会い、
そうか、6年旅もありなのか、と言い出したオリバー。

果たしてお二人の3回目の長期旅はどれだけの長さに?

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2014.09.10 Wed l ウズベキスタン l コメント (0) l top
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ウズベキスタンの観光地の一つ、ブハラに到着。
近代以前の中央アジアでは、常に文明の中心であったという古都ブハラ。
ここの見どころは壮麗な模様をあしらったモスクやマドラサ等のイスラム建築が立ち並ぶ旧市街。

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一応、それ目的に旧市街を歩きまわり、
写真もおさめてみたのだが・・・

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イマイチテンションは上がらなかった。

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最高のウズベキスタンを味あわせてもらった
フダイナザウラご一家宅での居候生活の直後ってことで
何を見てもあれ以上の気持ちの高揚がなかった。

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いや、そもそも、壮麗な模様のイスラム建築ってのが、
イランで見てきちゃったので、結構食傷気味だったからかもしれない。

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う~ん・・・旅不感症かも・・・

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と、テンションを上げきれないまま、彷徨ってたところ、
ラビ・ハウス脇のナーディル・ディワン・ベギのマドラサで19時からウズベキスタン音楽のショーが見れるとい情報をゲット。

しかも、あの<ドイラ>も楽器として使われる生演奏が見られるっていうじゃないですか。
習った<ドイラ>が実際にどういうふうに楽曲に組み込まれるのか、見てみたかったオイラは、
その情報を聞き、ようやくテンションが上がってきた。

ということで、見てみたウズベキスタン音楽ショー。
本来は、食事を食べながら見るものなのだが、
食事つきだとめっちゃ値段が高い。

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音楽だけに興味があるオイラは、食事なしで見れる二等席で鑑賞することに。
ちょっとステージからは離れてたけど、音楽を楽しむには十分だった。

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民族衣装をまとった女性によるダンスつきで、非常に興味深いステージが見れた。

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ちなみに、ダンスは、手をくねくねさせた表現を多用する
インドダンスに近い感じ。
これまで見てきたものとはまた一味違っていた。

ふむむ、これが中央アジアか

音楽やダンスの移り変わりで、地域性を感じれる。
面白い。

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いや、実は音楽やダンスに限らず、
自分の趣味、こだわった一つのモノを軸に世界を見ていくと、地域地域で、変化が見れて面白いのだ。
その変化が、その地域らしさを感じさせてくれる。
そして、地域らしさを感じることが、旅している気分を盛り上げてくれる。

オイラは深い興味がないため、すぐに見飽きたというイスラム建築だが、
本来、興味がある人なら、地域地域での差異を読み取り、楽しめるはず。

そう、こだわりの視点は人それぞれ。
オイラにとってのこだわりの視点が、音楽とか食べ物っていうだけなのだ。

なんでもいいから、世界旅は、そういう<自分の趣味を追及する視点>を持っていたほうがいい。
でないと、何をみても何も感じれなくなる長旅特有の不感症候群に陥ってしまうから。

2014.09.07 Sun l ウズベキスタン l コメント (0) l top
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トルクメニスタンを抜けてウズベキスタンに入ったオイラ。
ウズベキスタンも旧ソ連領。
トルクメニスタンほどではないにしろ、
いろいろ面倒な旧ソ連時代からのしきたり(?)が残っていたりする。
その中で一番旅人の頭を悩ますのが<レギ>と言われる外国人登録制度。
滞在する全ての場所で外国人登録をしなければならないというルールがあるのだ。
一応、泊まる宿が代行してくれるらしいので、宿に泊まりながらの旅ならば、全く問題ないのだが・・・
オイラは、野宿や民泊などが当たり前なチャリ旅ですから。
レギが出来ない、やってくれない、もしくは自分でやらねばならないというメンドクサイ状況に陥ることになる。

メンドクサイ状況が嫌いなオイラなので、
しょうがない、ウズベキスタンは、全部ちゃんと宿に泊まって抜けるとするか、と考えていたのに・・・

ウズベキスタン入国初日の夜、早速、宿が見つからない、という状況に。

さて、困った。
最悪宿が見つからなかったら、野宿をしなければならないのだが、
宿を見つけるべく、町に入ってきちゃったもんだから、
今度は人目につかないテント場所を見つけるのが困難になってしまった。

ん~、どうしよう・・・

と、キョロキョロしながら走っていたら、
目の前のバス停でバスを待っているご家族が見えた。

「この辺に宿はないですよね?」

と、そのご家族に聞いたところ、

「うちに来るか?」

と、ありがたいお誘い。

しかし、民泊だと、レギがもらえないだろうから、困ることになるな・・・
と、一瞬思ったのだが、
次の瞬間には、いつもの癖で

「いいんですか!?ぜひ」

と答えてしまっていた。

レギのシステムは一応ルールとしてあるものの、
実際は形骸化していて、
国境でレギ提出を要求されることはほとんどないという話も聞いている。

まぁ、なくてもなんとかなるさ。
最近のトラブル続きで、
もはや、怖いものがなくなりつつあるオイラ。

ここは、形骸化しているルールを守って無理するより、
ルールは無視して、<うるるん旅>を満喫するほうが、よっぽどいい、
と判断しまして。

バス停で出会ったご家族の家にお邪魔することに。

ちょうど、そのご家族宅には、
カタコトながら英語が喋れる女の子、ショヒダちゃんがいて、助かった。
彼女を介して、コミュニケーションはなんとかできる。

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バケツ水浴びをさせてもらった後、
中庭に設置されているリビングテーブルに案内され、
そこで、夕食をご馳走に。

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そして、夕食後、片づけられたリビングテーブルに布団がひかれ、眠る場所を提供してもらった。

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トルクメではずっとテント野宿だったから
ほぼ一週間ぶりの布団睡眠が、ホント嬉しい。
いやぁ、ぐっすり眠れましたよ、
ありがたいありがたい。

さて、次の日、
オイラが起きたら、さっそく布団が片づけられ、
また食卓へと変貌をとげたリビングテーブル。

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そこに家族みんなが集って朝食。
めっちゃ豪華な朝食が並べられた。

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大勢でワイワイいいながらの幸せな朝食。
あまりの居心地のよさに、
この空間を今日離れてしまうのはもったいない気がしてきちゃったオイラは、
「あの~、もう一日お世話になっちゃっていいですか?」
と聞いてみた。

そしたら、
「もちろんよ。だったら昼飯ちゃんと用意しないとね。
プロフ(中央アジア流ピラフ)好き?
我が家特製のウズベキスタンプロフをご馳走するわ」
とおばちゃんが言ってくれまして。

お言葉に甘えてもう一泊させてもらうことに。

さて、延泊を決めたのは、
居心地のよさってのがもちろん第一にあったのですが、
実は、ここの息子夫婦の旦那さんであるウミジョンさんが
中央アジアの打楽器<ドイラ>の達人。

昨日、オイラが到着した時、
チャリの荷台に積んでいたダラブッカを見て
「お?キミも打楽器奏者なのか?」
とツッコんできてくれ、その後見事なドイラの演奏を披露してもらってたんですよ。

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そんなウミジョンさんから、ぜひともドイラを習いたくて。

ドイラとはフレームドラムと言われる打楽器の一種。
タンバリンのような円形の形状の枠に動物の皮を張り、
その皮を打面にして打ち鳴らす楽器なのだ。

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で、習ってみたドイラ。
奏法は、イスタンブールでナイル師匠から習った
トルコ(アラブ)の打楽器<デフ>に似ていた。

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しかし、オイラと違って、あまりにもいい音を鳴らすウミジョンさん。
なにか秘密があるのかと、レッスン中にウミジョンさんの手を見せてもらったところ・・・
見事な太鼓奏者の手だった。

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楽器を握るところ、そして打面を叩くところが、豆になり固くなっている。
この固くなっていることにより、いい音が鳴らせるようになるのだ。

さて、オイラたちの楽しげなレッスン風景を見て、
ウミジョンさんの息子の弟であるアゼルベックが
「オレも叩けるぞ」
と割り込んできて、ドイラを叩き始めた。

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ふふふ、キミはまだまだだな。
まだオイラの方が上手く叩けるぞ、なんてやりあっていたら、
それを見ていた兄貴のアミュルベックが
「ボクなんて、ピアノが弾けるんだよ」
と、部屋に案内してくれ、見事なピアノ演奏を披露してくれた。

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ああ、楽しい。
そうそう、こういう風に、音楽をモチーフにして
出会ったみんなと触れ合える旅がオイラの理想の旅スタイル。

ここでは、その後、音楽を介して仲良くなった
アミュルベック、アゼルベックが、
「これ、ヨシにプレゼント」と言って、
描いた絵を渡してくれて、思わず、うるるん。

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描いてくれた日本の東京の絵が実際とは違いすぎるケド・・・こういうイメージを抱いているのかってのが見えてくるのが絵の面白いところ。

ああ、このご家庭での居候は、まさに、理想の居候スタイルだよ。

さてさて、楽器披露会が一息ついたところで、野外リビングテーブルで、勉強を始めるアミュルベック。

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ふむむ、この野外リビングテーブルは面白い。
食卓になったり、寝室になったり、はては勉強机になったりするなんて、ね。

そんな野外リビングテーブルで、
オイラはノートを広げて日記書き。

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最近パソコンの調子が悪いので、
手書きで書くようになった最近の日記。
手で書くと、キーボードを叩いて入力するのとはまた違った思いが綴れたりして、面白い。

そうこうしていたら、あっという間にお昼になり、
「昼ご飯よ~。中に入って」
という声がかかった。

昼間は屋外だと暑いため、
部屋の中に食事を用意するらしい。

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ということで、部屋に通され、いただいたウズベキスタン・プロフ。
めっちゃ、美味~!

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昼食後は、洗濯。

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そして、ただだらだらと居候させてもらうのもなんだからってことで、
庭の掃除とか水撒きのお手伝いをさせていただき、
一応、ご恩返しの気分にひたる。

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そして、夜、
近所のおばさんの誕生日パーティーがあるということで、
一緒に連れて行ってもらい、
パーティー飯をご馳走になることに。

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しかし、ここには、唯一の通訳者、ショヒダちゃんがいないから、
まったく言葉が通じず。
ウォッカを飲んで盛り上がる皆さんのノリにイマイチついていけないのが、非常に残念だった・・・

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やっぱり言葉が大事だよなぁと思ったオイラは、
家に戻って、ショヒダちゃんから、ウズベキスタン語とロシア語を習うことに。
代わりにショヒダちゃんには、日本語を教えてあげました、ハイ。

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そんなこんなで、楽しく過ごさせてもらったフダイナザウラご一家宅での居候。
もっともっと居たかったのだが・・・
刻々と近づいてくる秋冬の気配を感じるようになった朝晩の冷え込みに、先を急がねばという想いを後押しされ、
次の日の朝、後ろ髪をひかれながら、出発。

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ショヒダちゃん、
ウミジョンさん、
ウミジョンさんの奥さんシャフノーザさん、
オイグッレさん、
アミュルベック、アゼルベック、
家長のトリックさん
トリックさんの奥さんヤッシグルさん
ズムラッツさん
名前を聞き忘れたおじいちゃん。
そして、ここで出会ったすべての皆さん

オイラが理想としていた居候滞在を体験させていただき、
ラフマット(ウズベキスタン語で、ありがとう)!!!

また一つ、戻ってくるべき家が、世界にできました。

2014.09.06 Sat l ウズベキスタン l コメント (0) l top
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日本人のほとんどが知らない、そして関心がないと思われる国<トルクメニスタン>。
オイラ自身も、通り道でなければたぶん訪れなかった国だった。
実際、あまりにも関心がなかったため、当初は交通機関を使ってのワープを考えていた。
しかし、前にも書いたように、
タジキスタンに入国できるまで、時間ができちゃったため、
時間つぶしという意味で、走ることになったのだが・・・

この国はチャリで走って大正解だった。

めっちゃ楽しかった。

実はこのトルクメニスタンという国、
中央アジアの北朝鮮と言われている独裁国家。
ソ連時代にソ連中央から抜擢されこの地の大統領に就任したニヤゾフさんが、
ソ連が崩壊した後もそのまま独裁体制を確立し、
「神に遣われし民族の指導者」とまで神格化される存在として君臨。

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そのニヤゾフ大統領死去後の現在、二代目のベルディムハメドフさんが大統領として、引き続き独裁体制を継続しているという。

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いろんなところに飾られている大統領の写真

で、独裁国家にありがちな、
外国人入国を制限している国で、
観光ビザは特別なことをしないと下りない。
がんばれば、トランジットビザがなんとか5日だけもらえるという国なのだ。

そんな国なので、あまり情報もなく、
オイラにとっては、西アフリカの国々に続く、暗黒の地だった。
数少ない情報から勝手に想像するに、
人々は圧政に苦しみ、国民生活は荒んでいて、
出くわすであろうポリスは腐っていて、
絶対メンドクサイよ~、と思っていたのに・・・

いやはや、聞くと見るでは大違い。

道で出会うトルクメニスタンの人々は、
みんな明るく、フレンドリー
なんと、イラン以上に、陽気に絡んでくる人たちばかりだったのだ。

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そんなビックリ国トルクメニスタン、
約500kmの道のりをギリギリの5日間で駆け抜けた
タイムトライアル旅の様子をお伝えしま~す。


8/31 トルクメニスタン1日目

■トルクメニスタン入国

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いろいろメンドクサイと聞いていた国境だったのだが、拍子抜けするほどアッサリ通過。
無事トルクメニスタンの入国スタンプをもらえて、イミグレを一歩でたら・・・

世界が変わった。

これまで、コーカソイド系の欧州顔がメインだったのに、
ここからは、モンゴロイド系のいわゆるアジア顔の人たちばかりになったのだ。

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ああ、アジアに戻ってきたんだと、めっちゃ実感が湧いてきた。

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国境をまたぐだけで世界が大きく変わるという意味で、
この国境越えは、
合衆国―メキシコ、セネガル―モーリタニアに続く
衝撃国境の一つ。面白い国境ですよ、はい。

で、そうそう、
国境を越えてすぐにあった村で、
一人の少女が近寄ってきて、にっこり微笑みながら話しかけてきてくれた。
写真には撮れなかったけど、この少女が、谷村美月ちゃん似のめっちゃ美少女でして。
ちょっとだけ恋心がくすぐられてしまった。
う~ん、久々のこのドキドキ感。
いやぁ、やっぱり結局アジアンビューティーが好きなのかなぁ、オイラって・・・

■またもやトラブル発生(涙)

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ラクダが歩く砂漠の地、
強烈な向かい風が吹き、
ガタガタの劣悪な道路状況の中、
なんとか頑張って走るオイラ。

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それにしても・・・道に標識がない上、GPSがなくて、道がわからない。
なので、途中で出会う人々に道を聞きつつ走らねばならない。

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しかしまぁ、これはこれで、大変だけど、人との絡みが結構楽しい。
これは、GPSがあったら、たぶんなかったであろう出会い。
道具はあったらあったで便利だけど、
こういう出会いやふれあいの機会を無くしちゃうんだよなぁ・・・
なんて思いながら、チャリを漕ぎ進めてた。

で、しばらく進んだ後、前方に、商店が見えてきたので、
何度目かの道聞きをしようと、チャリを止めたところで、
なにか、違和感を覚えた。
後部の荷物が何か足りない気がしたのだ。
よくよく見てみたら・・・

な、なんと、ダラブッカの上に乗せておいた予備タイヤが3本ともなくなっているじゃないですか!

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タイヤをくくりつけておいたロープの片方が、
ブラ~ンと垂れ下がっていて、
明らかに、途中で落としたことを物語っていた。

や、やばい・・・
中央アジアを走りきるために、
わざわざイスタンブールまで、
エリコちゃんに、日本から持ってきてもらった大事なタイヤなのに。

あれがないと、中央アジアを走り切れなくなっちゃうかも。
つーか、無くしてしまったら、エリコちゃんに申し訳ない。

と思い、
慌てて、走ってきた道を戻ることに。
これまで向かい風で大変だった道なので、
戻る時は追い風となり、楽は楽だったのだが、
戻った道はさらに、もう一度向かい風の中走らねばならない。

それでも、見つかりさえすれば、苦労も報われると思っていたのに・・・

最後にタイヤを積んでいたことを確認した20km前の地点まで戻ったのに、タイヤは見つからなかった。

ああ、なんてこったい・・・
昨日のGPS盗難事件に続き、
今日はタイヤ紛失事件が起こってしまうとは。

ふふふ・・・

もはや、ショックとかそういう感情は湧き起こらなかった。
ただ、笑いがこみあげてきた。

ここまで、旅の女神さんは、
オイラに試練を与えたいのか、
面白い、受けて立とうじゃないか、と。
GPSなし、予備タイヤなしで、
この中央アジアを乗り切ってやろうじゃないか、と。

順調ではないがゆえにテンションが上がる。
旅のテンションの上げ方には、こういう盛り上げ方もあるのだ(涙)

しかし、タイヤを探すために費やした
往復40kmのロスが痛い。
ただでさえ、ギリギリの日程のタイムトライアル・トルクメニスタンなのに、これは、でっかいハンデを背負うことになってしまった。

果たして、走り切れるのか?
トルクメニスタン・・・

そして、トルクメは走れたとしても、その先の中央アジアは予備タイヤなしでいけるのか・・・

不安を抱えたまま、今日は適当な人目につかない場所で野宿。

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9/1 トルクメニスタン2日目

■トルクメニスタン人ってこんな人たち

朝、走り始めてすぐ、通り沿いに食堂を発見。
朝飯を食べることにして入ってみたら・・・
めっちゃフレンドリーなおばちゃんに迎えられた。

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そして、飯を食べていたら、
チャイ(お茶)を飲んでいるおじさんたちが声をかけてきた。

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ふ~ん、トルクメニスタンの人たちって思っていたより明るくてフレンドリーな人たちもいるんだな、と思ったのだが、
朝食後、走り始めてすぐに、
<明るくてフレンドリーな人たちもいる>ではなく、
<明るくてフレンドリーな人たちばかり>だと、認識を改めることになった。

走り始めて1分後、
道端でスイカやメロンを売っているおばちゃんたちに呼び止められた。

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全然言葉が通じないのに、
ひたすら、ロシア語かトルクメニスタン語で話してくるおばちゃんたち。
とにかく気合だけの力技コミュニケーションをしてたら、
メロンをプレゼントしてくれた。

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おばちゃんたちに感謝の意を告げ別れてすぐ、
今度は、道端のおじちゃんたちに声をかけられ、
これまた言葉が通じない中、力技コミュニケーション。

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今度は、冷たいジュースをいただいた。

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今日は、そんな出来事ばっかり。

うむむ、トルクメニスタンの人たちって、
オイラが想像していたのとは全然違ってた。
イラン以上に、明るくてフレンドリーで、親切じゃないっすか・・・


9/2 トルクメニスタン3日目

■スイカ畑の片隅で

昨日から始まったトルクメニスタンの人々の親切攻撃は、
3日目の本日も激しく続いた。

まず、道端のスイカ売りのおじさんたちに呼び止められ、
スイカをごちそうになる。

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スイカで腹いっぱいになり、走り始めたら、
3軒隣のスイカ売りのおじさんたちにまたもや呼び止められた。

「いや、もう腹いっぱいなので」

と、スイカを食うか?というありがたい親切を気持ちだけいただき、
前進しようとしたら、チャイだけでも飲んでいけ、と引き留められ、結局しばらく、話し込むことに。

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・・・と言っても、相変わらず言葉は通じないので、
気持ちだけの力技コミュニケーション。

と、沈黙しがちな時間を埋めるべく、
おじさんが携帯電話を取り出し、大音量で動画を再生しはじめた。
聞こえてきたのは、女性のなまめかしい喘ぎ声。
スイカ畑の片隅で、修正なしのアダルト動画を見る男4人。
シュールな光景です、ハイ。

■中央アジア流餃子に遭遇

しばらく何もない砂漠の中を走り続け、
夕刻17時半、Ravninaという小さな村に到着した。
ありがたいことに食堂がある。
時間的には、日没まではあと1時間くらいあり、もうちょっと走れるのだが、この先また何もない砂漠道であることを考えると、
今日は、もう、ここで、夕飯を食べ、
庭にテントを張らせてもらって休むことにした。

初日に40kmのハンデを背負ったものの、
その後のがんばりが効いて、なんとか間に合いそうな感じになってきているのだ。

ということで、食堂に入ったら・・・
なんと、ちょうど、おばちゃんが、
小さな餃子らしきものを作っていた。

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料理名を聞くと、「ペリメニ」だという。
そう、ロシア風餃子、ペリメニだった。
旧ソ連領だったこの辺は、
ロシア風の料理もよく食べられているらしい。

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しかし、このちっちゃいペリメニでは
おなか一杯にはならないなぁって思っていたら、

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それを察したのか、
オーナーのおじちゃんが
「マンティもあるぞ」と言って、
これから蒸し始めるといマンティを見せてくれた。

マンティとはいわゆる餃子。

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おお、これを食いたい!
ということで、オーダーしたトルクメ風マンティ。

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中には香辛料で味付けされた羊の挽肉が詰まっていた。

う~ん、美味いっ!

と舌鼓を打ったオイラであったが、
実は味以上に、このマンティの包み方の美しさの方が気になってしょうがない。

どうやって包んでいるのか・・・
分解しながら食べてみたのだが、よく分からず。

教えてほしいと頼んだら、
明日の夕方また包むから、それまで居たらね、と言われてしまった。

いや、トルクメでは、一日停滞するワケにはいかないんすよ

ああ、もっと滞在日程がもらえていたら・・・
餃子修行は、きっと、ここから始まっていただろうにな。


9/3 トルクメニスタン4日目

■犬までもが・・・

朝暗いうちに起き、出発準備。
時間がないトルクメニスタンでは、とにかく時間が惜しいため、
日が出たらすぐに走り始める生活を送っている。

と、まだ真っ暗中、
朝食の準備をしていたら、
匂いにつられてか、食堂の飼い犬二匹が寄ってきた。

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オイラが食べようとするのを横取りしようとする二匹。
あまりにもウザいので、
ちょうど、昨日の朝買ってカチカチになってしまったパンがあったので、
それを遠くに投げ、二匹を追いやることに成功。

で、食事を終え、明るくなって走り始めたところ・・・
その二匹の犬たちが延々ついてくるじゃないですか。

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5km走ってもまだ隣を走ってる。
10km走ってもまだ後ろをついてきている。

トルクメニスタンは、人だけではなく犬までもがフレンドリーなのか・・・

最初は、ウザいと思っていた二匹なのに、
ここまでけなげについてこられちゃうと、
なんだか可愛く思えてきてしまった。

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が、さすがに15km走ったところで、
「もう、いいかげん、食堂に戻りな」
と、お別れの言葉をかけてみた。

すると、それを察してくれたのか、
オイラが走り始めても、お座りしたままとなった二匹。

「ワンワン」

次第に遠ざかっていく彼らの吠え声が、
妙に切なく耳に響くのであった。

■ムスリムの国なのに

犬たちと別れてしばらく走っていたら、
ようやく次の村に到着。
ここにはでっかいホテル併設のレストランがあった。
「こういうところでは、何が食えるのかなぁ」
とちょっと立ち止まって見ていたら、
従業員のおじさんが手招き。
行ってみると、なんと、豚肉の串焼きを焼いているところだった。

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トルクメニスタンはムスリムの国と聞いていたのに・・・

そういえば、昨日夜お世話になった食堂には、
生ビールが置いてあった。

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どうやら、旧ソ連の影響で、
ウォッカなどの酒も飲むし、豚肉も料理に使って食べちゃうらしい。

いやぁ、この辺はお隣のイランとは大違いなんだな。

ちなみに、出してくれた豚肉のシャクリキ(串焼き)には
ちゃんとカットされた玉ねぎが添えられていた。

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ふむむ、この辺も、
生の玉ねぎをそのまま出していたイランとは大違いだ。

■女の子の制服が可愛い

朝、走っていると、学校に登校途中の子供たちとすれ違うことになる。

トルクメニスタンの学生はみな、一律の制服を着ている。
その制服なのだが・・・
女の子の制服姿がめっちゃ可愛いのだ。

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ということで、その可愛い制服姿をぜひ写真におさめたくて、
近づいてきてくれた女の子たちに何度も頼んでみたのだが、
なかなか写真に撮らせてくれない。

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近くで話してくれるのに写真はダメ~って断られる(涙)

やっぱりムスリムの国だからか、女の子の写真を撮るのは難しい。

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男どもの写真は簡単に撮れるんだけどな。

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■夢見る青年

今日も、いろんなトルクメニスタン人に話しかけられたのだが、
その中、車で走っている途中、わざわざ車を止め、
戻ってきて、ジュースと水をおごってくれた青年がいた。

カタコトの英語を話す彼とは、
ちょっとだけ会話ができたのだが・・・

そんな彼が、
「僕もいつか、キミみたいに世界を自転車で旅してみたいんだ」
と、目をキラキラさせながら語ってくれた。

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トルクメニスタン人は、個人旅行をよくするのか?
海外へは出やすいのか?
などなど、聞いてみたいことは山のように湧いてきたのだが、
残念ながら、細かい話になると、言葉が通じない。

ああ、ハンガリーのアンダンテで沈没してた時、
ロシア語ペラペラのカオリさんからロシア語を習ってたコータくんと一緒に、
ロシア語を習っておけばよかったよ・・・
「中央アジアでは絶対ロシア語必要ですよ」
ってコータくんに言われていたのに・・・

しかし、こういうのって、自分が必要になるシチュエーションに追い込まれてようやく学習意欲が湧いてくるもの。

なかなか、前もって、とはいかないもんなんす。


9/4 トルクメニスタン5日目

■不思議な街並み

最終日、トルクメナバットとい大きな街に到着した。
基本的は砂漠の地に道が一本だけあるという
荒涼とした風景のトルクメニスタンだったのだが、
大きな街には、建物が立ち並び、それなりの街の風景となっている。

・・・いや、それなりの街の風景ではないな。
とても、奇妙で不思議な街並みとなっていた。

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というのも、トルクメナバットは妙に計画都市的な整然とした造りになっていたのだ。
その風景は、日本でいうと、どこかのニュータウンのような雰囲気を醸し出していた。
人の生活感が消し去られ、綺麗なだけの、空間が醸し出す
奇妙な空気感。

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走っている途中で見た小さな村々の、
厳しい生活環境ながらも、人の営みを感じさせる空間とは
真逆の空間が目の前には広がっていた。

このいかにも意図した都市設計は、
独裁者たる大統領のエゴの象徴のように見え、
この風景を見て、この国が独裁国家なんだということをようやく感じることができたのであった。

■走りきれたぜ、トルクメニスタン

午後15時半、トルクメニスタンとウズベキスタンの国境に辿り着いた。
最初にハプニングが起こり、
大きなハンデを背負うことになったのだが、
結果的には、まぁ、なんとか走り切ることができた。

そして、トルクメ走りをしている最中に、
起こったトラブルのことなんて、いつの間にか気にならなくなっていた。

楽しさと・・・そして、とにかく走らなきゃという
走ることだけを考えさせてくれたタイムトライアルな条件が雑念を忘れさせたのだろう。

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ふぃ~、疲れた・・・

疲労困憊して通り抜けたトルクメの出国ゲートで、
緑の制服を着た国境職員のお兄さんが、
左手の親指と人差し指で作った輪に右手の人差し指を突っ込むゼスチャーをしながら聞いてきた。

「トルクメの女性はよかっただろ」

いやいや、見てわかるとおり、こちとらチャリ旅。
ひたすら走り続けなきゃいけないトルクメニスタンでは、
そんな時間も体力もないっつーの。

そんな話題を振ってくるのなら、
もっと滞在ビザを伸ばしてくれ、
と、答えるオイラであったが・・・

まぁ、写真を撮るのでさえ、撃沈し続けた
トルクメの女性とのコンタクトですから。
少々、滞在日数を延ばしてもらったところで、
その上を狙えるとは思えない。

それにしても、確かにタイプの女性は多かったんだよなぁ・・・
ん、いや、この思いは、久々にアジア顔女性にいっぱい出会ったことによる幻想ってこともなくはない・・・

ん~、そもそも、こういうことを考えること自体がオイラにとっては久々で珍しい。
なんか気分がうわっついてる。

とにかく、ようやく帰ってきたことを実感できたアジアの地。
なんか、周囲がアジア人顔だらけっていうことに懐かしさを感じつつ、なんだか照れくさい、それでいて興奮気味、という不思議な感情が湧き起こってます、ハイ。

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2014.09.04 Thu l トルクメニスタン l コメント (2) l top
ウガなか
トルクメ編面白かったです!お疲れ様でした。
タイヤは結局見つからなかった???




チャリヨシ
ウガなかさん、トルクメ日記、楽しんでもらえたようでなによりです。いやぁ、僕もめっちゃ楽しかったんですよねぇ、トルクメニスタン走りは。また戻りたい国の一つです。タイヤは結局見つかりませんでした。なんとかネパールまで予備タイヤ無しで走り抜け、カトマンドゥ滞在中に、日本から新しいタイヤを送ってもらったんですよ~。