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バラナシでのタブラレッスン、
第二回目のタブラレッスンに突入しても、
レッスンのやり方は、第一回目の時とほとんと変わらない。

まず前日教わったフレーズがちゃんと叩けるようになっているか、
師匠に確認してもらい、OKならば、
師匠が本日の課題となる新しいフレーズを教えてくれる。
基本的に新しいフレーズは1日一つ。
師匠が叩き方の見本を見せてくれるので、
それを真似して、叩く。
叩き方が間違っていたら、指摘されるので、直す。
後はひたすら、それを練習する。

まぁ、楽器修行のレッスンってやつは、
タブラに限らず、ほとんど、こんな感じ。

キューバでのトゥンバドーラも、
ブラジルでのチンバウも、
ジンバブエでのムビラも、
セネガルでのジャンベも、
ブルキナファソでのバラフォンも、
ガーナでのコシュカシュ(アサラト)も、
トルコでのダラブッカも、
こんな感じで習ってた。

そういえば、小さい頃習っていたピアノも、
こんな感じだった。

と、レッスンのやり方は、ほとんど同じはずなのに・・・
今回のタブラは身につき方が、これまでとまるで違う。
特に、ヴィパサナ以降のタブラの上達っぷりは
オイラ自身が驚くほど。

何が違うのか?

これまでの打楽器修行と今のタブラ修行が違うのは・・・
<叩くという身体>を探求しはじめたってことだ。

そうなんですよ。
楽器は頭で考えてやるものじゃない。
身体性が重要だったのだ。

この身体性の話、前にもブログに書いてますが、
重要なことなので、また書きます。
今回は、ちょっと違った視点で、ハイ。

オイラが、いつまでたっても打楽器が上手になれなかったのは、
身体性に無頓着だったからなんですわ。

これまでのオイラは、ホント、自分の身体に無頓着だった。

日本にいた時は、まるで体を使わない生活をしてた。
朝から晩まで机とパソコンにただ向き合うだけの仕事をしていて、
家と会社の移動は車。
休日にやることと言えば、映画鑑賞くらい。
たまに、バンドの練習があり、唯一その場面が身体性を必要とする時だったのだが、
それも、肩こりすら感じられなくなってしまったカチコチの体でやるのだから、
身体性を自覚なんてできるワケがない。

今、振り返ると、ホント、ヤバい生活をしてた。
ヤバい体だった。
体重は今より20kgくらい多かった。

そんなオイラが・・・
7年間、世界を自転車で走り続けたことで、
インドで、ようやく、自身の身体性が取り戻せた。

いや、実は、インドでは、まったく自転車で走ってないんですケド(笑)・・・
つーか、もうここ1年くらい、自転車で走る旅はしてないんですケド(笑)・・・
インドは、カレーにしても、ヨガにしても、ヴィパサナにしても、
何をやっても肉体性を強制してくるから、自分の身体に自覚的にならざるを得ない。
で、結果として、インドで、半ば強制的に身体性を取り戻せることになったのだ。

おかげで、タブラが一気に上達しはじめまして。

やっと覚醒ですわ。

実は打楽器が上手くなるために必要だったのは、
フレーズを習うことではなく、
自分の身体性に自覚的になる、ということだったのだ。

以前のオイラは、楽器のレッスンでやらされるゆっくりした練習が嫌いだった。
身体性を無視して楽器と接すると、
頭で楽器を奏でることになる。
で、頭でだけなら、すぐに出来ちゃう気になれちゃうのだ。
理解すればいいだけだから。
それは意外とすぐできる。
だから、ゆっくりした練習が大事だから1時間やり続けろと言われても、
頭ではもう出来たって思っているから、やる意味が分からない。
結果的に、練習時間が少なくなり・・・上達しない。

が、一方、本当の意味で身体性を自覚して、体で叩き始めると、
ゆっくりした練習が楽しくなる。
カラダは頭と違って、すぐに出来るようにならないからだ。
できないところを体に聞きながら練習する。
そしたら、徐々にゆっくりと体で分かるようになる。
これが、楽しい。
楽しいから、ゆっくりやる練習が1時間でも2時間でもやれるようになる。
結果的に、練習時間が多くなり・・・上達するのだ。

これは、楽器に限らない。

よく、「運動しなさい」って言われるじゃないですか。
確かに、運動することはいいことだと思う。
動かないより動いたほうがまし。
でも・・・
運動するにしても、ちゃんと身体性を自覚しての運動じゃないと、実は意味がない。

学生の頃は、オイラも一応運動をやっていた。

中学で野球をやってた時、素振りを毎日1000回やれ、と言われてた。
高校で柔道をやっていた時は、打ち込みを毎日1000回やれ、と言われてた。
大学ではドラムにのめり込んでいたから、特に運動はやってなかったけど、
ドラムの教則本にスティックを交互に叩く練習を一日1時間やり続けろって書いてあった。

これらのこと、最初はやるんですけど・・・
やり続けられなかったんですよ。
こんな地味な基礎練習、やってて全然面白味を感じれなかった。

ホントに体を使うってことがどういうことか、
分かってなかったんですよねぇ・・・

身体性を自覚していなくても、実はある程度のことはできる。
でも、本当の意味で、ちゃんとやれるようにはなれない。

結局、野球はイチローのようにはなれなかった。
結局、柔道は山下泰弘さんのようにはなれなかった。
ドラムは、ニール・パートになれてない。

身体性に自覚的になり、
ホントに体を使うってことかどういうことか分かってくると、
ラジオ体操すら面白くなる。
っていうか、ラジオ体操ってのは、実は、高度に身体性のことを考えられたもの。
これが面白くない、そこに面白さを見いだせないっていうのは、
身体性に無自覚な証拠。
問題ありだと、自覚したほうがいい。

昔はラジオ体操、嫌いだったけど・・・
今のオイラは、
ラジオ体操、めっちゃ楽しめますよ。

そして、今なら、
バット素振り1000回も、
払い腰の打ち込み1000回も、
スティックの1時間叩き続けも、
喜んで出来るのになぁ。

2015.12.21 Mon l インド l コメント (0) l top

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